免疫微生物学
沿革
本講座は1975年に細菌学講座として発足し、初代教授に九州大学から神中寛先生が着任されました。神中寛教授を中心として、細菌学の講義や実習を確立し、現在に至る当講座の基礎が形成されました。神中教授は1986年に退官され、1987年には都立臨床研究所から六反田亮先生が第2代教授として着任され、1993年には講座名が微生物学講座に変更されています。ウイルス学が専門であった六反田教授は様々なウイルス疾患の知見を講義や実習に取り入れ、講座の近代化に力を尽くされました。2001年に六反田亮教授が退官され、本校の防衛医学研究センターから関修司先生(防医2期)が第3代教授として着任されました。2006年には講座名が免疫・微生物学講座に変更されております。本学卒業生として初めての教授に任命された関教授は豊富な臨床経験を基礎研究に生かし、肝臓の免疫学において多くの研究成果をあげられ、後進の育成にも力を注がれました。2007年には助教授であった四ノ宮成祥先生(防医4期)が本校の分子生体制御学講座の教授になられ、木下学先生(防医9期)が防衛医学研究センターから准教授に着任しました。四ノ宮先生は2021年には防衛医科大学校長になられております。また同じく2007年に深澤昌史指定講師が長崎国際大学薬学部准教授に栄転されました。2009年には中島弘幸先生(防医15期)が海上自衛隊よりUC転官し助教に着任し、長年事務業務をして頂いた篠宮紀子さんが教務課へ転出されました。2011年には羽生仁子助教が結婚退職され、2014年には中島正裕先生(防医21期)が海上自衛隊よりUC転官し助教に着任しました。2021年には関修司教授が退官され、木下学准教授が第4代教授として講座の准教授から就いております。さらに中島弘幸指定講師が准教授に昇任し、新たに埼玉医大総合医療センターより加藤梓先生が助教に着任しております。
教官紹介
教授 木下学 (Manabu Kinoshita)
昭和63年(1988年) 防衛医科大学校卒業(9期)
航空自衛隊に入隊し外科医官として勤務
平成 3年 (1991年) 防衛医大病院第一外科にて専門研修医
平成 6年 (1994年) 防衛医科大学校医学研究科(消化器病学専攻)
平成 8年 (1996年) スタンフォード大学外科留学
平成10年(1998年) 自衛隊岐阜病院外科科長
平成12年(2000年) 航空自衛隊第1航空団衛生隊長
平成13年(2001年) UC転官、防衛医科大学校防衛医学研究センター外傷研究部門助手
平成15年(2003年) 同指定講師
平成19年(2007年) 防衛医科大学校免疫・微生物学講座准教授
令和 3年 (2021年) 同教授
研究内容: 侵襲免疫学、肝臓免疫学、エンドトキシン、敗血症性ショック、人工血液(人工血小板、人工赤血球)、出血性ショック
所属学会: 日本ショック学会理事、日本エンドトキシン自然免疫研究会監事など
准教授 中島 弘幸 (Hiroyuki Nakashima)
平成 6年 (1994年) 防衛医科大学校卒業(15期)
海上自衛隊に入隊し医官として勤務
防衛医大病院にて消化器内科医として勤務
平成21年(2009年) 海上自衛隊を退官し、防衛医科大学校、免疫・微生物学講座に助教として勤務
平成25年(2013年) 同指定講師
平成30年(2018年) オランダ、ライデン大学医療センターに留学
令和 3年 (2021年) 同准教授
学位: 医学博士
研究内容: 肝臓における自然免疫細胞の機能
専門医資格: 総合内科専門医、消化器病専門医、肝臓専門医、消化器内視鏡専門医
教育の概要
免疫学と微生物学は不可分な領域と言って良いと考えます。とくに免疫学は比較的新しい学術体系で、まさに日進月歩で進化しつつあります。免疫学は私たち教官にとってさえ難解な学術分野ですが、これを学生に分かりやすく、将来、医師や看護師となるにあたって、はずせないポイントをしっかりと教育することを心掛けております。
病原性をもつ細菌の特徴として、免疫をエスケープする特徴が挙げられます。マクロファージや好中球による貪食に抵抗したり、莢膜の形成により抗体や補体の付着を阻害したり、細菌によって様々な抵抗因子を保有しているのが特徴です。細菌側の要因と宿主側の免疫機能との関連に着目し、感染症の教育に生かすよう努力しています。
当講座の特徴は教授、准教授、助教、すべての教官が医師であり、専門医資格も保有していることです。基礎的な内容に偏ることなく、臨床医としての経験を生かしながら、医師として知っておくべき基礎的なバックグラウンドを学生に教えるよう心がけています。
また、防衛医大出身者が主体となって教官を務めていることも特徴です。自衛隊で医官として勤務した経験を生かし、市中感染や食中毒に対する対処、さらに微生物を用いたテロに対する知識についても学生に教育するよう留意しています。防衛省自衛隊、そして国民への貢献が出来る自衛隊医官の育成を目指しています。
研究の要約
関教授が着任した当初は、大腸菌感染、リステリア感染、肺炎球菌感染と生体防御、IL–18の治療の機序など、細菌感染と免疫が、NKT細胞による抗腫瘍免疫や実験性肝炎などと共に研究の中心であったが、最近ではKupffer細胞や、B細胞の分化などの研究やnon–alcholic steatohepatitis (NASH)と肝臓の免疫細胞、肝臓の代謝と免疫などさらに踏み込んで肝臓の本質に迫る研究を行っている。過去の10年の主な研究成果を挙げてみたい。
- recombinant IL–18は、マウスを大腸菌、リステリア菌、肺炎球菌、MRSAの致死的感染を様々な免疫系を賦活化して阻止する(2004、2006、2012年)。
- 抗TNF抗体はα–GalCerによるNK細胞の発揮する抗腫瘍効果を低下させずに、NKT細胞の肝細胞傷害を阻止する(2004年)。
- マウス肝臓のB細胞は脾臓のB細胞と異なり、LPSに対してIgM産生をせず、IL–12やIFN–γを産生する(2006年)。また、肝臓のB細胞は大腸菌を貪食・殺菌し、IL–12を産生する。すなわち、B細胞はリンパ球系ではなくミエロイド系である(2012年)(図1)。
- 肝臓のNKT細胞は、TNF/FasL/Fas経路で肝細胞傷害を引き起こすが、部分肝切除後の再生肝細胞の再生を同じ経路で促している(2006年)。
- IL–18は肝臓のNKT細胞のIL–4とIFN–γの産生を計時的に調節する(2007年)。
- 細菌に共通するDNA motif (CpG–ODN)は、肝臓のNK細胞を活性化して肝臓の抗腫瘍活性を挙げるが、NKT細胞はTNF/FasL/Fas経路で肝傷害や多臓器不全を引き起こす。この際、抗TNF抗体は、抗腫瘍免疫を低下させずに肝傷害や多臓器不全を阻止する。すなわち、全ての細菌が肝臓の免疫の活性化しうる(2008年)。
- CRPは肝臓のKupffer細胞の賦活因子であり、Kupffer細胞の貪食能を増強しTNFの産生は低下させることで実験的肝炎や多臓器不全を改善する(2009年)。
- 肝臓のKupffer細胞には貪食・殺菌・活性酸素産生を主とするKupffer細胞とサイトカイン産生を主とするKupffer細胞の2種類があることを同定した。2種類のKupffer細胞機能を分担している(2010年)。前者は放射線抵抗性で肝臓で分化し、後者は放射線感受性で骨髄から肝臓へ遊走し、IL–12やTNFなどのサイトカインを産生する。前者は細菌感染防御に、後者は肝臓の抗腫瘍免疫や炎症に関与する(2013年)。すなわち両Kupffer細胞は機能も発生分化も全く異なる細胞群である(図2)。
- マウスを高脂肪高コレステロール食(HFCD)で飼育すると肝臓のNK細胞による抗腫瘍活性は増加するが、エンドトキシンショックに弱くなる。これは、サイトカイン産生型のKupffer細胞の増加活性化によりTNF産生が亢進するからである(2011年)。同様な機序で、HFCDで飼育したマウスはCpG–ODNやα–GalCerを投与した後の肝傷害が悪化する。
今後の研究課題は、肝臓の免疫と代謝の融合である。言うまでもなく、肝臓はたんぱく質、糖、脂質、コレステロールの代謝生成臓器であり、貪食能を有するKupffer細胞は細菌を貪食・殺菌するだけでなく、栄養素を貪食し消化し、エネルギーを得ている。特に、NASH、糖尿病、肥満、動脈硬化と言った生活習慣病を主なターゲットと、肝細胞とKupffer細胞の相互作用を睨みながら、その発症のメカニズムと予防、治療を追及してゆく。

図1.肝貪食型B細胞の同定

図2.2種類のクッパー(Kupffer)細胞
プレスリリース
大量出血に対する人工赤血球を用いた救命蘇生に向けての基盤技術の開発
輸血治療は現行の医療に不可欠であり、国民の医療と健康福祉に多大の貢献をしています。 しかし、離島・僻地における医療、夜間救急、緊急手術、大規模災害の発生時など、危機的出血にある傷病者に対し輸血が間に合わない(出来ない)ときがあります。そのような状況の 一助になりうる製剤として、長期間備蓄でき、血液型不一致や感染の心配をすることなく、いつでも必要時に投与できる、人工赤血球(ヘモグロビンベシクル, Hb–V)製剤の研究が進められています。この度、防衛医科大学校免疫微生物学講座の木下学教授と奈良県立医科大学化学教室の酒井宏水教授、埼玉医科大学総合医療センター産科麻酔科の照井克生教授の研究チームは、人工赤血球製剤の応用例として、分娩時の危機的な大量出血例を人工赤血球の投 与でも救命できる可能性を動物実験により明らかにしました。研究成果は米国産科婦人科学会誌(224巻4号)や学術雑誌 Scientific Reports(11巻1号)に掲載されました。分娩時の大量 出血は、妊婦さんの死亡原因で最も多く、救命には迅速な輸血が必要ですが、人工赤血球の投与は将来的に、妊婦さんの安心安全な出産の一助になると期待されます。
■発表論文1■
雑誌名:American Journal of Obstetrics & Gynecology (米国産婦人科学会誌, 出版元: Elsevier)
論文名:Efficacy of resuscitative infusion with hemoglobin vesicles in rabbits with massive obstetric hemorrhage (大量産科出血を来したウサギでのヘモグロビン小胞体の 蘇生輸液の有効性)
■発表論文2■
雑誌名:Scientific Reports (サイエンティフィックレポート, 出版元: Nature Research)
論文名:Resuscitative efficacy of hemoglobin vesicles for severe postpartum hemorrhage in pregnant rabbits (妊娠ウサギにおける重度の分娩後出血に対するヘモグロビン小 胞体の蘇生効果)
詳細は下記のPDFファイルをご覧ください。
世界初 止血ナノ粒子と酸素運搬ナノ粒子による重度出血性ショックの救命蘇生―交通事故など緊急時の大量出血患者への救命治療戦略―
防衛医科大学校免疫微生物学講座の木下学准教授と早稲田大学理工学術院の武岡真司教授、奈良県立医科大学化学講座の酒井宏水教授の研究チームは、止血ナノ粒子と酸素運搬ナノ粒子を用いた出血性ショックの救命蘇生に世界で初めて成功しました。本研究チームは血小板減少を来したウサギの肝臓を傷つけ、大量出血で死に至るモデルを作製し、止血能と酸素運搬能を有した2種類のナノ粒子を静脈内投与することで効果的な止血と虚血の回避により救命に成功しました。本研究成果は輸血学雑誌Transfusion (59巻7号電子版)に掲載されました。2つのナノ粒子は、各々血小板や赤血球の代替物として出血部位での止血と全身への酸素運搬を司る機能を持ち、これらの投与で凝固障害を伴う致死的な出血性ショックが救命できました。このような重篤な出血性ショックは未だ有効な治療がなく、2種類の機能性ナノ粒子による新しい治療法として期待されます。
■発表雑誌■
雑誌名:Transfusion (輸血学雑誌, 出版元: Wiley, 米国血液銀行協会雑誌, The Journal of American Association of Blood Bank)
論文名:Combination therapy using fibrinogen γ–chain peptide–coated, ADP–encapsulated liposomes and hemoglobin vesicles for trauma–induced massive hemorrhage in thrombocytopenic rabbits (血小板減少を来したウサギでの外傷性大量出血に対するフィブリノーゲンγ鎖修飾アデノシン2リン酸含有リポソームとヘモグロビン小胞体を用いた複合治療)