医学科 Medicine

分子生体制御学

沿革

分子生体制御学講座は、医学科の講座に新しい学問分野への対応を行うことを目的に、「防衛医科大学校の編制等に関する省令」第3条第3項別表第2に新設された(平成18年3月30日)。新設講座の場所は6号館(旧名称:基礎研究棟)の3階であり、旧生理学第一講座の研究室を譲り受ける形でスタートした。これを踏まえ、医官に対する専門研修に関する訓令第9条別表に専門分野に研修科目として分子生体制御学が新設された(平成18年7月28日)。本講座は、“生体を分子レベルで理解し制御に繋げる”という先端基礎医学の時代的ニーズに対応するために、生体や細胞機能の解析・計測・制御を主眼に教育・研究を行い、基礎医学の知見を臨床応用に繋げる橋渡しを行うことを目的に活動してきている。本講座の欧文呼称がDepartment of Integrative Physiology and Bio–Nano Medicineと定められていることからもわかるように、生命の機能を細胞、臓器、個体レベルで理解し、分子生物学やナノテクノロジー等の先端科学技術を駆使して生理学的理解を深める学問分野を担っていることを、国際的にも発信している。
本講座の構成員としては、平成18年4月に、生体医工学講座より本校9期生の守本祐司(現准教授)、旧生理学第一講座より本校16期生の松尾洋孝(現講師)が着任した。平成19年4月には、初代教授として免疫・微生物学講座より本校4期生の四ノ宮成祥が着任して現在に至っている。教務職員は、石嶺久子、大澤雄子、保持秀子と引き継がれてきたが、定員削減のためその後は採用されていない。代わって、派遣職員である川村亜貴子、現在は水野佐智子が教務職員相当の事務を担当している。
開設当初の教育活動は医学科学生への授業が主であったが、平成22年~24年には講座初めての専門研修医として中山昌喜医官(本校27期生)を受け入れて研修を行った。また、医学研究科学生の受け入れ開始に伴い、本講座最初の研究科学生として平成24年10月に崎山真幸医官(本校26期生)が入校し研究を開始したほか、平成25年10月からは中山昌喜医官が2人目の研究科学生として入校した。

研究室の様子

研究室の様子

教育の概要

本講座が主担当として行っている科目は、第3学年に対する機能分子生体制御学である。全般的な目標として、①生命現象である生体制御の仕組みを分子の観点から解析し基礎医学・臨床医学の両面に応用するための基本的な考え方を理解する、②近年の医学・生命科学技術進歩のため従来の分類では領域を設定しにくいテーマについて多角的な面から勉学できる素地を養う、③医学・生命科学に対する探究心を養い自ら進んで勉学する姿勢を身に付ける、の3つを掲げて教育に当たっている。そして、(1)分子生物学分野、(2)分子機能医学分野、(3)分子制御医学分野の3つの分野について、四ノ宮、守本、松尾の3教官がそれぞれ、下記のように多角的な教育を展開している(表1)。また、新家一男氏(産業技術総合研究所・バイオメディカル研究部門・次世代ゲノム機能研究グループ)を非常勤講師として招聘し、新薬探索に関する講義を行っている。

表1 機能分子生体制御学(第3学年)の授業内容

分野 教授内容
(1)分子生物学分野 細胞や臓器において営まれる生命現象について、分子生物学及び細胞生物学的側面からの理解を深める。発癌や臓器再生における生体内分子の役割を理解するとともに、分子標的治療法開発の現状について見聞を深める。また、癌などの増殖性組織における細胞周期や細胞死(アポトーシス)のメカニズムについても理解を深める。
(2)分子機能医学分野 生体において生理学的に重要で病態学的にも有用な分子について、その機能や局在を中心に理解を深める。膜輸送体群とその関連分子について学び、輸送体関連疾患のメカニズムについて理解を深める。また、それらと新規治療法の開発との関連についての見聞を深める。
(3)分子制御医学分野 種々の生理学的ストレスに対する細胞及び臓器の反応や生体制御の仕組みを、分子機能の面から理解する。生体研究技法としてのナノメディシン、フォトナノテクノロジー、分子イメージングなど分子機能解析を基盤とした技術について理解を深める。また、悪性腫瘍や感染症の診断・治療にその技術が応用されている例について学ぶ。

本講座が多様な役割を担っていることから、種々の学年の教科に対する教育の分担並びに支援も行っている。
第1学年の導入時期に行う医学概論では、基礎医学の面白さについての講義を行っている。また、救急・総合医学系(部外病院等施設見学実習)の授業においては、福祉(人権)テーマの学習を担当し、事例としてハンセン病患者に対する差別・偏見問題や過去の医療行政の過ちについて学び、これからの医療に於いて患者の福祉、人権が如何にあるべきかを考え討議する機会を提供している。この際の部外見学実習として、国立ハンセン病資料館(多磨全生園)での研修を行っている。
2学年及び4学年における感染症系の授業としては、主に細菌学領域の講義及び実習を担当し、学生に微生物学全般についての素養を身に付けさせるとともに、特に重要な細菌感染症についての理解と細菌の基本的な取り扱いについて学ばせるよう工夫している。
生理学についても講義による教育の支援を行っているほか、電気生理学、物質輸送などの実習を担当している。さらには、高等看護学院への授業(微生物学、解剖・生理学)も一部担当している。
専門研修の受け入れについては、分子生体制御学に関連する日本国内学会での発表のみならず国際学会での発表機会を設け、母国語及び英語での発表能力の向上に努めることとしている。また、一流国際科学誌に筆頭著者として論文掲載することを目指している。さらには、防衛医学推進研究をはじめとする種々の研究の枠組みに積極的に参加するとともに、その他の部内における研究開発や研究技術支援にも可能な限り貢献することを理念として掲げている。本講座における具体的な専門研修カリキュラムは、表2に示すとおりである。

表2 分子生体制御学講座 専門研修カリキュラム

研修期間 到達目標 研修方法
1年目 分子生物学、機能分子医学等の研究に必要な基礎的考え方を身につけ、合わせて研究に必要な技能を習得する。腫瘍や代謝疾患の原因となる種々の生理活性蛋白分子について、遺伝子解析、細胞機能解析、動物モデルの解析等が可能となるように努める。特に、研究テーマについての論理的思考構築を重視し、研究結果の客観評価能力や研究内容についての発表(プレゼンテーション)能力を高める。また、救急医療、災害医療と基礎研究との接点を考え、これらについての研修機会を持つように努める。 基礎的な分子生物学的手技を習得し、実験研究の進め方について研修する。特に、生理活性蛋白分子の遺伝子解析においてはPCR、シークエンス、遺伝子クローニング技術などの基本操作を、細胞機能解析においては細胞培養、フローサイトメトリー、Western blotなどの基本技術を、動物モデルの解析においては飼育管理、交配、遺伝子型解析、臓器摘出、組織病理評価などの技術を身につける。研究テーマの論理性や結果の適切な評価について、講座におけるセミナー等を通して発表する技術を身につける。また、学会発表や論文作成を通して、研究者として必要な知識の修得に当るとともに、論理性のある結果解釈や発表方法の修得に向けて講座員の指導を受ける。また、病院での臨床研修の場や有事災害の訓練を通して、救急医療、災害医療に対する素養を身につける。
2年目 生理活性蛋白分子の解析技術を向上し、他講座等との学術的連携を介した臨床医学への応用研究(トランスレーショナル・リサーチ)の可能性を追究する。研究結果の客観評価能力を更に高め、口頭発表のみならず論理的構築に基づいた論文作成が可能となるよう努力する。研究の目的や意義が十分説明できるようになるとともに、研究計画の立案や期待される結果の予測が自立的にできるレベルに到達することを目標とする。さらに、研究内容を救急医療、災害医療などに応用できるよう実践的な面についても考察する。 1年目に修得した研究手技を更に充実させるとともに、セミナーや講座員の指導を通して実験の目的に合致した研究手法が選定できる能力を養う。トランスレーショナル・リサーチ実践のため、他講座との討論に積極的に参加し、計画・立案の段階から研究内容の企画に加わる機会を設ける。講座におけるセミナーや学会発表で得られた議論を元に、論文作成(特に英文論文)を自立的に行う。さらに、種々の学術発表で得られた成果を発展させて、新たな研究テーマの企画・立案を行う。救急医療、災害医療に対する研修等を通して基礎研究を臨床に役立てる手段について学ぶ。

一方、研究科学生に対する教育プログラムとして表3に掲げる項目を設定し、所定の期間に最新知識の学習や技術の習得並びに有意義な研究活動が展開できるよう体制を整えている。

表3 分子生体制御学 研究科授業要目

専攻分野 授業科目 授業目的 授業要目
1 総合基礎医学群
(1)総合生理学系
分子生体制御学
分子細胞生物学
分子機能医学
分子制御医学
生体の仕組みや多様な疾患を分子基盤から考え、臨床病態の理解に繋げることを主な目的とする。本領域は、基礎医学的見地のみならず臨床医学的観点からのトランスレーショナル・リサーチ、いわゆる“from bench to bedside”の概念を具現化する可能性の高い分野である。したがって本専攻では、分子病、遺伝病、悪性腫瘍など遺伝子異常を基盤とする疾患の理解に務めるばかりでなく、分子標的による新たな診断法やテーラーメード治療の開発にも繋がる事項についての理解を深めることを目的とする。また、本領域を通して、自衛隊衛生や国際貢献活動の基盤となる基礎医学的事項について、自ら企画・実行できる研究能力を習得させる。 1 遺伝子技術を利用した分子標的治療法の開発
2 細胞周期とアポトーシス
3 膜輸送体の構造と機能
4 ストレス応答と生体のシグナル
5 フォトナノテクノロジーによる診断・治療技術
6 分子イメージングによる生命現象機序の解明

研究の要約

創設から8年に満たない若い講座ではあるが、本校におけるトランスレーショナル・リサーチや基礎系講座の学術的ハブ機能の担い手として期待されており、活発な研究活動を展開してきている。
これまでに、特別研究として平成21~23年度には「In silicoデザインに基づく癌の新規分子標的治療法の開発」と題した研究(主任研究者:四ノ宮)を展開し、Bioinformaticsを基盤としたin silico技術による分子クローニングや薬剤デザインの情報・技術をもとに、糸口となりうる候補分子の解析を行った。また、実際の分子生物学的実験と組み合わせることにより新規分子を同定・解析し、その有用性を検証して新たな分子標的治療への道を目指した。本研究では、癌細胞の遊走、形態形成、浸潤・転移と密接に関わる受容体型チロシンキナーゼMetを対象に、本分子を標的とした分子標的治療薬の開発や本分子と癌悪性度との関連性の解析を行った。また、癌の悪性度や発育進展と密接な関わりを持つアミノ酸代謝に関して、悪性膠芽腫など悪性度が高い腫瘍においてLAT1やxCTなど癌関連アミノ酸輸送体の機能が癌細胞の活性化に及ぼす影響について解析した。更に、分子標的技術を実際の臨床の場に応用するための基礎研究段階として、癌細胞選択的に薬剤を送達するドラッグデリバリーシステム(DDS)のうち抗レセプター抗体結合Gold Nano–Particleなど次世代型ナノテクノロジーを利用した治療法の開発を行った。
平成23~25年度には「物理エネルギー増強型超分子ドラッグデリバリーシステムを利用した低侵襲精密診断・ナビゲーション治療技術の創成」が採択となり(主任研究者:守本)、これまで開発してきた超分子ドラッグデリバリーシステム(DDS)の機能拡張や集積効果の最大化を図った。光、電離放射線、超音波により活性化させることができる超分子デバイスを創製するとともに、最先端光学技術を有機的に統合させ、体内のいかなる部位にも対応可能な、増殖性疾患・炎症性疾患に対する次世代型診断・治療技術の開発を目指した。本研究で開発した超分子デバイスは、周囲の正常組織を傷害することなく、通常観察では検知できない微小な病変を含め、選択的な増殖性病変の治療が可能である。
さらに、平成26~28年度の計画で「ゲノムワイド解析によるcommon diseaseの分子病態の解明と治療法開発に向けた研究」が予定されている(主任研究者:松尾)。尿酸が関連する疾患として、循環器疾患や神経疾患を含めたcommon diseaseを対象とした大規模遺伝子解析を実施するための研究リソースと基盤を構築し、本校内の基礎医学講座、臨床医学講座及び進学課程の教官等が連携して共同研究する体制となっている。これにより、効率的なトランスレーショナル・リサーチを行い、分子病態の解明と治療法開発に資する成果を目指すことを目的としている。
一方、防衛医学推進研究としては、「熱帯感染症予防・治療に関する研究(平成18~20年度、主任研究者:四ノ宮)」「新型インフルエンザ対策に関する研究(平成21~23年度、主任研究者:四ノ宮)」などを展開してきており、現在「バイオセキュリティー及びバイオディフェンスの強化に基づく自衛隊衛生の向上に関する研究(平成24~26年度、主任研究者:四ノ宮)」が進行中である。

本講座における代表的な研究例の紹介

<四ノ宮教授>

  1. 癌遺伝子Metを標的とした分子標的薬の創製と評価:新規in silico手法を導入し、東京理科大学の田沼靖一教授と共同で癌遺伝子Metを標的とした低分子薬の創製を試みている。既にいくつかの候補薬剤のスクリーニングに成功しており、薬剤効果を高めるための分子設計の改善や生物学的効果の評価を行っている。
  2. 癌遺伝子Metが発癌メカニズムや治療応答性に及ぼす影響の解析:Cre–loxPシステムを用いたコンディショナルMetノックアウトのモデルを利用し、米国Van Andel研究所のGeorge F. Vande Woude博士と共同で、発癌過程におけるMet分子の役割についての解析を行っている。また、腫瘍細胞におけるMet発現の状態が癌の悪性度や抗癌剤治療に対する反応性にどのような影響を持つのかについて検討を行っている。
  3. 高気圧環境・潜水医学に関する研究:これまで、潜水時における高気圧環境・高酸素環境が生体の免疫能やストレス応答にどのような影響を及ぼすのかについて解析してきた。現在は特に、一酸化炭素中毒時の神経細胞障害の分子メカニズムの解析や高気圧酸素治療の有効性に関する検討を行っている。
  4. 生命科学のデュアルユース性に関する解析とバイオセキュリティーの強化:英国Bradford大学のMalcolm Dando教授らと共同で、バイオセキュリティーの国際的な取り組み強化に関する教育モジュールの開発や啓発活動を行っている。また、各種学会において生命科学における新たな研究倫理のあり方を提示し、議論の深化とガバナンス体制の構築を目指した活動を展開している。

<守本准教授>

  1. ナノテクノロジーに基づく新しい光増感剤の開発:光増感剤の光励起に際して産生される活性酸素を利用した低侵襲がん治療法である光線力学療法(PDT)における現行の問題点を解決するため、ドラッグデリバリーシステム原理を駆使した次世代型光増感剤の開発を進めている。
  2. 細菌に対するPDT効果の新しいパラダイム:PDTによる新しい殺細菌メカニズムとして、好中球の賦活化誘導を報告し、感染局所の生体防御能の増強というin vivo における PDT の新たなパラダイムを提示し、現在、歯周病や褥瘡の治療応用を目指している。
  3. 蛍光マルチスペクトル内視鏡による標的蛍光物質の定量イメージング:スペクトルアンミキシング機構を具備する蛍光マルチスペクトルイメージングシステムを搭載した蛍光内視鏡システムを開発した。標的蛍光物質を定量的かつ特異度高く描出することで、悪性腫瘍などの病態をin vivoでリアルタイムに客観評価できる医療技術の確立を目指している。

<松尾講師>

  1. 尿酸関連遺伝子の同定: 痛風及び高尿酸血症の関連遺伝子の探索及び、虚血性心疾患・脳卒中などの遺伝子解析を目指している。そのため、患者集団や健診集団の検体収集による大規模なcase–control studyの他、健診データの解析によるcross–sectional study等も実施している。さらに、腎性低尿酸血症の原因遺伝子の探索も行っている。高尿酸血症、低尿酸血症で見いだされた知見をもとに、尿酸トランスポーター分子などの生理学的役割も併せて解明している。
  2. 発作性神経疾患を含むチャネル病の原因遺伝子の同定: 家族性発作性ジストニー性舞踏アテトーゼ(paroxysmal dystonic choreoathetosis)の原因遺伝子の解析と病態解明も研究テーマとしている。
  3. 学内外の臨床系の先生方と共同でトランスレーショナル・リサーチを推進している。現在の対象は、上記の痛風・高尿酸血症、低尿酸血症の他、がん、循環器疾患、消化器疾患、神経疾患(パーキンソン病、脳卒中など)、皮膚科疾患、難聴などで、多数例を対象とした遺伝子解析、分子疫学解析、トランスクリプトーム解析などを実施し、分子病態の解明を目指している。
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防衛医科大学校病院 防衛医学研究センター English