医学科Medicine

内科学(腎臓・内分泌代謝)

沿革

草創期の腎臓内科

衛医科大学校は1974年( 昭和49年)に創立したが、わが腎臓内科の歴史は1978年(昭和53年)に、日本大学から吉澤信行先生が着任した時点から始まる。創立当時、日本大学、慶應義塾大学、日本医科大学などの関係があって、腎臓内科は第2内科としてスタートした。
創立当時の写真を見ると、1期生の学生たちが重そうなクワをもって荒れた泥だらけの土地を必死に掘り起こして平らにしている姿が眼に焼き付く。こういうご苦労があって今の防衛医大があるのだなあと、先人たちに感謝するばかりである。わたくしはこの写真を見てから、廊下で1期生から4期生くらいの先生に会うと感謝の気持ちを込めて会釈するようにしている。何もないところからこの立派な医大を作った1期生の先生がたの苦労は想像を絶するものだったと思う。
当時はまだ航空公園駅はなく、学生さんも教官も所沢や新所沢駅から15分かけてテクテク防衛医大まで歩いたそうである。吉澤先生が日大からやってきたころは、「市役所前から防衛医大にかけて、まだアシの生えていた荒地が続き、風が吹くとまるで西部劇のように砂ぼこりが舞って、地の果てに来たような風情で、誠に心細い限りでした」と吉澤先生は回顧録に書いておられる。
吉澤先生は、「腎炎を引き起こす抗原物質」を同定したいという高い志をもって日大からやってこられた。感染症に伴う急性糸球体腎炎の発症・進展の機序、その予防について精力的に実験を繰り返した。
吉澤先生は、ともかく1学年に1人は優秀な人間に入ってもらおうということで、楠見嘉晃、大嶋智、竹内昭彦、堀田修、近藤修市、押川泰浩、尾田高志の各先生たちに次々に腎臓内科に入門してもらい、精力的に実験や腎生検に取り組んだ。今でも急性腎炎の総説を読むと、竹内たちのKidney Internationalの論文が引用されている。
第2内科は実験をするスペースが少なく、昼の時間帯は消化器内科の先生方が実験し、腎臓内科はもっぱら夜の時間帯に一所懸命実験するという、今では想像ができない大変な苦労を経験したそうである。
腎生検にも熱が入っていて、第2内科の17年間に2460例(年間145例)という驚異的なハイペースで行われた。
いろいろな場面で泌尿器科中村宏教授が吉澤先生を助けてくださった。そのころ中村先生に頼まれて、わたくしどもの恩師である猿田享男先生(慶應義塾大学名誉教授)も防衛医大に腎臓内科の授業を手伝いに来たそうである。

1996年、吉澤先生が公衆衛生学の教授となる

1996年(平成8年)に吉澤先生は公衆衛生学の教授となられた。吉澤先生が内科から基礎に移ってみると、さすがに実験に対する姿勢が臨床の医師よりシビアであると感じたそうである。吉澤先生も情熱的で実験好きで有名であったが、当時生化学の山本三毅夫教授は、昼間の仕事や授業を終えると、午後5時から7時くらいまで仮眠をとられ、そのあと明け方まで猛烈に実験を繰り返しておられたそうである。
急性糸球体腎炎の惹起抗原を見つけたいということで、吉澤先生たちは30年以上必死に実験を繰り返してきたが、2000年(平成12年)、ついに溶連菌が産生するnephritis-associated plasmin receptor (NAPlr)を発見、同定することに成功した。
続いて2004年(平成16)に急性腎炎発症におけるNAPlrの意義を論じた論文が、世界の一流誌であるJournal of American Society of Nephrologyに掲載された。
2002年(平成14年)には尾田先生が公衆衛生へ入った。尾田は特に腎炎の研究について、初期より継続的に高度な研究を展開した。主な研究内容として、1)半月対形成腎炎の病態、2)Plasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)欠損による、尿管閉塞時の腎臓線維化の軽減、3)腎炎に於ける尿中プラスミン活性、4)腎炎に於ける尿細管内巨大マクロファージの浸潤等、腎炎に於ける炎症・病理に関して多くの英文論文を書いた。
これらの長年の基礎研究と防衛医大における公衆衛生学の教育に対して、吉澤先生は2012年(平成24年)に「瑞寶小綬章」という勲章を天皇陛下から受けた。
また、4期生の堀田修先生は、2001年のAmerican Journal of Kidney Diseasesにおいて、IgA腎症患者さんに対して、扁桃摘出術+ステロイドパルス療法が血尿を消すだけではなく、寛解に持ち込めることを世界に先駆けて提唱した。堀田のこの主張に従い、世界中で扁桃摘出+パルス療法がおこなわれるようになった。わたくしも3年生や5年生にIgA腎症のことを語るときには、「扁桃摘出+ステロイドパルス療法」は皆さんの先輩が世界に先駆けて提唱し実践した治療法だよ」と必ず説明するようにしている。

中興の祖 菊池先生、今給黎先生の活躍

菊池勇一先生は1999年(平成11年)から2001年まで専門研修医として、腎臓内科の臨床を精力的に行った。2001年から1年間は研修管理室研修係長に指名されたので、腎臓内科の外来などを継続して行うことができた。さらに菊池は2002年から4年間、研究科学生として臨床および膨大な実験を行って、腎臓内科に大きな貢献をした。
また今給黎敏彦先生は、専門研修医として2000年(平成12年)から2002年、研究科として2003年から2007年の通算6年間、菊地とともに臨床および実験に大いに頑張った。
菊池と今給黎は、実験及び臨床研究の結果を15編もの英文論文として発表するという大活躍をした。菊池はとくに糖尿病性腎症モデルの動物においてフラクタルカインおよびその受容体CX3CR1がその病態に深く関与していることを世界で初めて提唱した。今給黎は、高血圧を基礎とする良性腎硬化症の患者の糸球体においてもフラクタルカインが病態に関与し、これをARBが抑制することを明らかにした。
2人で朝早くに透析患者さんの針を穿刺してから、外来を行うという超人的な活動を行っていた。カンファレンスも2人を中心に熱心に行った。菊池と今給黎はまさに中興の祖と呼ぶにふさわしい。菊池と今給黎の熱い活躍ぶりを見て、山田宗治、兵頭俊武、東桂史、櫛山武俊、山本浩仁郎の5人の先生が研究科に入ることを決意することになる。
この頃、鈴木重伸先生が順天堂大学富野先生の腎臓内科から加わった。非常に学生や研修医に親切で、熱心な指導を行った。
2006年(平成18年)尾田が腎臓内科へ復帰した。最近、補体第3因子(C3)を中心とするalternative pathwayや第5因子(C5)の腎炎発症における寄与が認識されてC3 glomerulopathyという概念が提唱され、尾田たちの発見が正しかったことが世界で再認識されている。
三浦総一郎教授は、この頃も第2内科の一員として腎臓内科の医師たちを平等に大切に扱ってくださいました。心から感謝申し上げます。

2007年に熊谷が着任

2007年(平成19年)に熊谷裕生が慶應義塾大学から着任し、准教授として腎臓内科の責任者となった。腎臓内科の臨床医の一番の願いは、現在世界でも治療に苦慮している糖尿病性腎症患者の蛋白尿を減少させる薬剤を開発し、糖尿病で透析になってしまう患者を一人でも減らしたいということである。その願いを実現するために、とくにアンジオテンシンII受容体ブロッカー(ARB)を日本の中でも初期のころから積極的に投与して、患者さんの高血圧、蛋白尿を改善することを臨床研究のテーマとしている。
2008年に、「慢性腎臓病診療ガイド―高血圧編―」というガイドラインを、日本の5人の教授と共著で出版した。糖尿病を含む慢性腎臓病患者さんに対して、第1選択薬はARBを投与、第2選択薬はサイアザイド系利尿薬またはカルシウム拮抗薬を投与すると明記した。この本は腎臓専門医だけでなく、全国の実地医家の先生から、実地に即していて有用であるという好評をいただいた。
菊池、今給黎の好い影響を受け、多くの医師が研究科に入ってくれた。また泉朋子先生、田堰千景先生、武智華子先生も専門研修医として多くの初実研修医や学生を親切にまた熱心に指導してくれた。
以下に紹介する研究科学生のおこなった研究は、衛生学公衆衛生学講座の櫻井裕教授の寛大なご厚意により、衛生学公衆衛生学講座の研究室をお借りしてなされたものであり、櫻井先生に心から御礼申し上げます。
山田は、間葉細胞由来の形態形成因子であるエピモルフィン(EP)の発現が片側尿管閉塞(UUO)による線維化腎の間質で増強し、UUOを解除した線維化腎の修復早期においてさらに間質で増強することを明らかにした。すなわちエピモルフィンが細胞外基質の産生抑制と、分解促進の両面の作用を介して腎臓間質の線維化の修復に関与することを世界で初めて発見しLaboratory Investigationに報告した。
兵頭は、FACS(fluorescence-activated cell sorter)および蛍光多重染色を組み合わせて、半月体形成性腎炎で浸潤しているTリンパ球がエフェクター・メモリー T cellであり、その細胞表面に多くのKv1.3というカリウムチャネルが発現していることを明らかにした。そこで、Kv1.3チャネルを特異的にブロックするKチャネルブロッカーのPsora-4(9mg/kg/日)を投与すると、各種サイトカインのmRNAが著明に低下し、半月体が減少して腎組織所見が改善し、蛋白尿が劇的に減って腎機能が改善した。ステロイドや免疫抑制薬よりも特異的で感染など合併症も少ないので、患者に応用できると考えている。この成果をAmerican Journal of Physiologyに発表した。
東は、糖尿病治療薬であるインスリン感受性改善薬PPAR-γアゴニストが腎保護作用を有することに着目し、そのひとつであるピオグリタゾンとARBを併用することで、相加的に腎線維化を改善することを示した。
櫛山は、腎間質の線維化が腎不全への最終共通経路として注目され、その進展機序は詳しく解析されてきたが、線維化した腎組織の修復機序は十分に解析されていないので、それを解明した。片側尿管閉塞(UUO)解除後の腎組織修復過程を、特にマクロファージのM2フェノタイプに注目して検討した。間質の線維化は、経時的に減少しており、マクロファージ、筋線維芽細胞も同様の傾向を示した。腎線維化からの修復過程においてにおいてM2マクロファージが増加し、修復に関与している可能性が考えられた。E-カドへリンが増加したことから、M2マクロファージはエピモルフィンと同様に、epithelial mesenchymal transition (EMT)をmesenchymal epithelial transition (MET)へ改善させることを示すことが出来た。
さらに櫛山は、慢性腎臓病のモデルである自然発症高コレステロールラットを用いて、ARBオルメサルタンやRho-kinase阻害薬のファスジルが腎臓組織病変を改善し、蛋白尿を抑制、腎機能を改善することを示した。
山本は、「尿沈渣中の細胞のなかで、ボウマンのう上皮細胞のtight junction蛋白の一つであるクローディン1陽性細胞を尿検査でとらえ評価することができれば、2回目以降の腎生検をしなくても腎疾患の状態、活動性をとらえることができるのではないか」との仮説を立てた。腎生検目的で入院した患者200症例の早朝尿を集め、蛋白尿、血尿、半月体形成と、尿中クローディン1、CD68とが正の相関を示すことを発表した。
武智華子は、IgA腎症患者の扁桃における樹状細胞(DC)とくにCD208陽性DCをFACS(fluorescence-activated cell sorter)で精密に解析し、IgA腎症におけるCD208陽性DCの重要性を世界で初めて示した。さらにCD208陽性DCとIgA腎症患者の蛋白尿および半月体形成の糸球体の比率が正の相関を示すことをNephrology Dialysis Transplantationに発表した。現在は、免疫複合体が関与しないタイプの腎炎患者における、樹状細胞とCD4およびCD8陽性T細胞との関連を精力的に調べている。
2010年に大島直紀先生が慶應義塾大学から着任した。臨床および熱心な学生指導に定評がある。
パッチクランプ実験の名人としても神経科学の分野でよく知られている。交感神経中枢である延髄の吻側腹内側領域RVLMよりも尾側にあるCVLMニューロンは,RVLMニューロンにtonic inhibitionをかけている点で循環調節にきわめて重要である。大島は心臓,大動脈,頚動脈洞が存在する脳幹―脊髄標本を作成し、CVLMニューロンのホールセル・パッチクランプに成功した。頚動脈洞にかける圧を60mmHgから130mmHgに上昇させると,CVLMニューロンは脱分極し発火頻度が著明に増加した。外国の専門家から、CVLMニューロンのホールセル・パッチクランプは世界で初めてであるとの評価を頂いた。
また、ラットの交感神経中枢のRVLMニューロンに対する、アルドステロン、エプレレノン(ミネラルコルチコイド受容体ブロッカー)、上皮性Naチャネル(ENaC)ブロッカー、ベンザミルの効果を調べてきた。アルドステロンは交感神経中枢の電気活動を亢進させ、エプレレノンは抑制することを示した。この演題はアメリカ心臓学会(AHA)の優秀演題(上から10%の得点)に選ばれた。
熊谷は慶應義塾大学病院における血液透析患者さんの臨床試験の結果から、「内因性のミュー受容体アゴニスト・エンドルフィンはかゆみを誘発し、一方、カッパ受容体アゴニスト・ダイノルフィンはかゆみを抑制する」という説を2004年に英文で提唱した。それを証明する為に東レが開発したカッパ受容体アゴニストのナルフラフィン(レミッチ)を、かゆみの強い透析患者に経口投与したところ、visual analogue scaleで定量したかゆみの強さは有意に抑制された。これが評価され、ナルフラフィンは2009年に血液透析患者のかゆみ止め薬として認可された。
現在ナルフラフィンは全国で2万1千人の透析患者さんが服用しており、そのうちの70%の患者のかゆみが改善している。2014年にカナダの神経科学の研究者が、内因性カッパ受容体アゴニストのダイノルフィンがかゆみを抑えることをNeuronに発表予定で、わたくしどもの2004年の仮説が正しいことが証明された。

2012年、腎臓内分泌内科として独立

早川正道 前学校長先生が全国公募を施行して下さり、熊谷が腎臓内分泌内科教授に選出された。三浦総一郎学校長先生のご尽力のおかげで、2012年(平成24)4月、腎臓内分泌内科として独立した科として認められるようになった。足立健教授率いる循環器内科とともに第1内科になった。
2013年(平成25年)には、糖尿病専門医である春日明先生を慶應義塾大学から迎えて、糖尿病、内分泌疾患の患者さんもわたくしどもの科で診療することになった。2014年4月からは、さらに山田善史先生も糖尿病専門医として加わり、腎臓内分泌内科の中で糖尿病、内分泌の治療がより盛んになる。外来は週3-4コマ行うので、防衛医大病院近くの開業の先生方は、ぜひ患者さんを春日と山田にご紹介してくださるようお願いいたします。院内他科からの診療依頼も2人がお受けし、東12階の内分泌内科の病棟を中心に高いレベルの臨床を行っていく決意である。
防衛医学振興会の振興会賞は、大学校全体の基礎研究および臨床研究のなかから優秀な研究が毎年2つずつ選ばれている。2008年(平成20年)に尾田が受賞し、2010年に兵頭が、2013年に櫛山が、この栄えある賞をいただいた。6年間でわたくしどもの科から3回選ばれたことになる。
臨床の学会でも、2013年(平成25年)日本腎臓学会総会(会長 順天堂大学・富野康日己教授)にて山本浩仁郎が優秀演題賞に選出され、また日本腎臓学会東部部会(会長 聖マリアンナ医科大学・木村健二郎教授)でも伊藤誓悟が、好酸球性血管リンパ球増殖症angiolymphoid hyperplasia with eosinophilia (ALHE)に関するすぐれた研究発表により優秀演題賞に選ばれた。
2013年には内田貴大先生、渡邉篤史先生が研究科に入ってくれた。内田はnatural killer T(NKT)cellにより腎疾患を抑制するという新しい実験に精力的に取り組んでいる。渡邉は東京大学先端医学センターにおいて、エピジェネティックの手法を用いて糖尿病性腎症の治療法の開発を行っている。只野裕己、伊藤誓悟、石切山拓也、山形瑛の各先生も専門研修医として多くの患者さんを治療してくれている。彼らの頑張りによって腎臓内分泌内科の病床稼働率は常に100%を超えており、全科の中で首位である。
来年からも、山田裕二、釘宮愛子、冨永健太、中山晋吾、和田葵、板井宏樹、田之上桂子、恩蔵真弥、後藤洋康、福永継実、永井和恵、森和真、佐藤博基の各先生などきわめて優秀な研修医が、各学年2人から4人腎臓内分泌内科に入りたいと希望してくれている。まったく腎臓内科に入ってもらえなかった2008年ころからの3年間と比べると隔世の感がある。その苦しい時代に病棟や研究を一所懸命に勤めてくれた東、櫛山、山本、武智の先生方に対して、心から感謝の気持ちで一杯である。
わたくしどもは症例カンファレンス週1回2時間、腎臓病理カンファレンス週1回1時間、実験研究カンファレンス週1回1,5時間においても、医学科学生、研修医、研究科学生に対して熱心に指導を行っている。
腎臓病理カンファレンスは、検査部・病理学の玉井誠一副学校長先生、島崎英幸先生の熱いご指導のもと、毎週2-3例を詳細に検討している。先生方および技官の方がたに心から感謝申し上げます。
腎臓内分泌内科の医師は学生および研修医が成長するのを見るのが好きであり、教育にたいへん力を入れている。講義も明るく楽しい授業であり、また時に厳しいという評判をいただいている。

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