医学科Medicine

防衛医学

沿革

第2次世界大戦での敗北から29年が経過して防衛医科大学校が設立されたが、その前後で学生に対して軍事医学を教育することについての表立った議論の痕跡は見当らない。創立からしばらくの間は、本校教官が学会活動で謂れのない制限を受けたり、運動部の学生が医学生の体育団体に加盟できずにいたり、等々の所謂「防衛アレルギー」にまつわる苦労話が『防衛医科大学校十年史』などに少なからず残されていることを思えば、それも無理からぬことかも知れない。
パール判事の表現に倣えば時が熱狂と偏見とをやわらげつつあった平成8年10月に防衛医学研究センターが開設され、多様な分野での防衛医学研究がそれぞれ軌道に乗るにつれて、漸く「防衛医学」という言葉が市民権を得た。しかし、学生教育に「防衛医学」が登場するまでには更に年月を要した。
教授要目に初めて「防衛医学系」が登場したのは、米国同時多発テロから半年が経過した平成14年度である。その前年に「医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」(文部科学省主催、高久文麿座長)から医学教育モデル・コア・カリキュラムが示された。同時に、「(この医学教育モデル・コア・カリキュラムが)学生の履修時間数(単位数)の3分の2程度を目安としたもの」とされ、「残り3分の1程度は各大学が特色あるカリキュラムを作成・実施すること」が提言されており、この提言が「防衛医学系」誕生の一つの切掛けになった可能性は否めない。当初は教務部長が「防衛医学系」の責任者となり、陸上自衛隊衛生学校の教官や、米国軍保健衛生大学(Uniformed Services University of Health Sciences: USUHS)軍事救急医学講座(Dept. Military and Emergency Medicine)主任教授であったクルーナン陸軍大佐(Col. Cliff Cloonan)による講義を核に、現場の自衛隊衛生を知る本校卒業生や部外から招かれた講師がトピックス的に講義を分担することで、本邦唯一の系統的防衛医学教育が開始された。
クルーナン大佐の貢献は講義に止まらず、米軍で使用されていた軍事医学図書の寄贈も行われ、この寄贈図書が切掛けとなって本校図書館に「防衛医学コーナー」が新設された。その後、和書や雑誌を含めた関連図書の充実が図られた結果、平成25年12月現在で同コーナーの蔵書数は890冊(単行本463冊、雑誌427冊)に達しており、防衛医科大学校の特色あるいは存在価値の一部を構成している。
防衛医学系の講義が開始されてから3年後の平成17年4月、ついに現役医官が医学生に医学教育を行う唯一の講座として防衛医学講座が開設された。初代教授には1等空佐 山田憲彦(6期)が防衛庁航空幕僚監部から着任。その指揮下にカリキュラムは増強・再編され、常勤の教官4名(陸1、海1、空2)の他、学内外から各分野の専門家が講師として招かれ、自衛隊医官に必要とされる医学的知識がより系統的に教えられることとなった。 尚、講座の定員上は助教として3等陸佐1名の配置が設けられているが、平成25年12月現在まで空席が続いている。
平成20年8月に山田1空佐が空将補に昇任して航空幕僚監部首席衛生官に転出。教授不在の1年4か月を准教授の2等陸佐 徳野慎一(9期)が代行した後、平成21年12月に1等海佐 妻鳥元太郎(4期)が第2代教授として自衛隊佐世保病院(病院長)から着任し、現在に至る。

教育の概要

講座開設までは第1学年から第4学年までに44時間のカリキュラムが設置されていた。講座開設後は徐々に体系的に整理され、かつ内容も増強された結果、現在は第2学年の前期から国家試験直「後」の第6学年まで、総計142時間に亘る講義および実習を行っている。また、平成17年の第3学年(32期)の学生からは定期試験での成績評価も開始された。
本邦唯一の防衛医学教育は日本語の教科書が存在しない状態から始まったが、防衛医学振興会から平成19年3月に『防衛医学』(編集委員長 鳥潟親雄)が出版された他、その後も『自衛隊医官のための各種災害派遣マニュアル』、『自衛隊医官のための国際協力活動ハンドブック』など『自衛隊医官のためのシリーズ』が順次刊行されており、貴重な現場の知見として活用されている。この他、米国軍事医学の定番であるTextbook of Military Medicineシリーズから旧日本軍衛生に関連する資料まで、古今東西の教科書を所蔵する防衛医科大学校図書館の防衛医学コーナーが、学生はもとより教官にとっても、重要な情報基盤となっている。
平成25年度における各学年のカリキュラムは、以下の通りである。導入となる第2学年では、防衛医学総論(4コマ)、軍事医学史(2コマ)、戦時国際法、大量傷者の取り扱い(講義1コマ+実習1コマ)、陸・海・空各自衛隊の勤務環境など(8コマ)が設けられ、基礎医学系の履修途中であっても理解できるように配慮されている。第3学年では基礎的な医学知識が備わっていることを前提に、一般戦傷病(5コマ)、特殊戦傷病(5コマ)、航空・宇宙医学(6コマ)、艦船・潜水医学(4コマ)、防衛医学研究(6コマ)、テロリズム(講義1コマ+実習1コマ)、トピックスなど(3コマ)が設けられている。第4学年では、災害医学(2コマ)、トラウマティック・ストレス(1コマ)、熱帯医学(2コマ)、ケーススタディ(2コマ)、シミュレーション訓練(1コマ)、消防署実習(1コマ)、健康管理(2コマ)、トピックスなど(2コマ)、臨床ないしは応用医学的な内容にも踏み込んでいる。臨床実習と並行での講義となる第5学年では、国際貢献活動(2コマ)、災害と情報管理(1コマ)、情報セキュリティとサイバーテロ(1コマ)、地域医療(1コマ)と、社会医学的内容を中心に学ぶ。同様に第5・6学年合同で、招聘講師によるトピックス(4コマ)を聴講する。国家試験直後の第6学年に対しても、「バイオセーフティとバイオセキュリティ」についての集中講義を設定し、卒業後から始まる長い診療・研究生活に向けて、最後の卒前教育を行っている。
時々刻々変化する社会情勢の中、これら基礎医学から応用医学に及ぶ幅広い講義テーマを、講座常勤の教官4名で鮮度を保ちながら網羅するのが不可能であることは自明である。担当する講義の多くの部分を学内の他講座・部門はもとより、学外の部隊・機関、果ては民間研究機関などにも御支援を頂いて、漸く講座の教育所要が満たされているのが現状である。
この他、防衛医学振興会の支援のもとに「有事災害医療セミナー」を(年間5回程度)主催しており、ここでも国内外から多くの講師を招聘して、災害医療、軍事医療、離島医療、国内外における自衛隊衛生の活動状況、メディカル・インテリジェンス等々、最新の防衛医学に関連する広範な知見の集積と共有とに努めている。
今後も、自衛隊医官を目指す学生諸君に、年々多様性を増す衛生の現場で求められる知識や技能を、内外からの支援の力を結集して常に内容を更新しながら、少しでも分かり易く伝えていく所存である。

研究の要約

元々は教育上の所要から開設された講座ではあるが、研究面においても防衛医学推進研究、厚生労働省や文部科学省の科学研究補助金などを獲得して、相応の成果を挙げている。
初代教授の山田1空佐(当時)は、国家的プロジェクトである日本DMAT設立に、構想から制度化に至るまで主導的立場で関与した。また、科学に内在するデュアルユース・ディレンマの概念を日本の医学教育に導入し、この分野において日本を代表する存在と目されており、国際連合(ジュネーブ)で開催された生物兵器禁止条約締約国会合のパネル・ディスカッションにもパネラーの一人として参加した。

平成21年12月 ジュネーブ

平成21年12月 ジュネーブ

平成23年11月 ナイジェリア

平成23年11月 ナイジェリア

初代准教授の徳野2陸佐は、心的外傷の可視化や爆傷の機構解明などで成果を挙げ、平成23年11月ナイジェリアで開催された国際軍医学会(International Committee of Military Medicine)では最優秀演題(Jules Voncken Prizes)として表彰された。徳野2陸佐が陸上自衛隊衛生学校へ転出後、これらの研究を現教授の妻鳥1海佐が主任研究者として引き継いでおり、更なる成果が得られつつある。
他にも、災害時の情報管理(庄野2海佐)、災害時の病院機能維持(権丈2空佐)、遺体の個人識別(染田2空佐)、旧陸軍における航空医学(西山2陸佐)、艦船による医療提供(柳川2海佐)、など其々の経歴を活かしたテーマに取り組み、成果については科学研究補助金事業の研究報告書や学会・学術誌等で公表している。今後も、自然災害や戦災・テロリズムを含む人為災害における医学について、より深く学理を究めんとするものである。

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